家族内や夫婦間のコミュニケーションを促進し、関係の改善を図ります。
「夫婦関係の背後にあるもの」
当初はお互いに愛し合って結婚したにもかかわらず、やがて破綻していく夫婦も多いです。
その原因はさまざまだが、普段我々が直接意識しないような要因によって破綻していく場合もあります。
「カサンドラ症候群」
カサンドラ症候群とは、パートナーや家族がアスペルガー症候群(ASD)であるために情緒的な相互関係を築くことが難しく、
不安や抑うつといった症状が出る状態です。
ASDやカサンドラ症候群に関する研究が多くある英国の心理療法家マクシーン・アストンによると、
カサンドラ症候群には以下3つの要素があるとされています。
1. 少なくともいずれかのパートナーに、ASD特性などによる、共感性や情緒的表現の障害がある
2. パートナーとの関係において情緒的交流の乏しさを起因とした激しい対立関係、精神または身体の虐待、
人間関係の満足感の低下がある
3. 精神的もしくは身体的な不調(自己評価の低下、抑うつ状態、罪悪感、不安障害、不眠症、PTSD、体重の増減など)があり、
さらに、「その事実を他の人に伝えても理解をしてもらえない、信じてもらえないこと」が加わる場合があります。
カサンドラ症候群は相手との関係性から生じる状態で、非常に多様な原因やきっかけがありますが、
「ASDのある家族やパートナーとの情緒的交流の乏しさからの関係性の悪化、
またその事実をパートナーも周囲も理解せず、当人が苦しみを抱えたまま孤立した状態に置かれること」が共通しています。
「当人が苦しみを抱えたまま孤立した状態に置かれること」とあるように、ASDのパートナー側や周囲が問題を認識しにくいことが、
カサンドラ症候群の原因を見えづらくしています。
ASDのあるパートナーが一定以上の社会適応性を身に着けている場合、職場などの外向きの環境ではうまく行っているものの、
家庭や身近な人とのプライベートな空間の中でのみ関係性の悪化が起きるケースがあります。
パートナーや家族だけがそのつらさを感じている場合、外側からは見えにくいのです。
そのため、問題に直面しているカサンドラ症候群の当事者側の問題が軽く扱われたり、
否定・批判されたりするなど、さらに強いストレスにさらされることもあります。
一般的には、ASDのある人が仕事などの緊張から解き放たれ、
社会性を発揮しなくても問題のない環境である家庭内で多く見られる傾向があるとされます。
カサンドラ症候群の治療法として、まずは症状として現れている抑うつ症状や不安障害について、
薬物療法や認知行動療法などによるアプローチをすることが可能です。
ただし、それはあくまで対症療法です。
ASDのあるパートナーとの関係性の改善や変化を目指さなければ、根本的な解決にはつながりません。
まずは、夫婦で孤立しないこと、カサンドラ症候群のある人はパートナー以外の相談先を持つことが肝心であり、
夫婦カウンセリングなどによって関係改善の糸口を見出すことができます。
「夫を嫌悪する妻のケース」
ある妻(ミカ、仮名)は離婚を求めてカウンセリングにやってきた。ひたすら強く離婚を求めたが、周囲は一同に
首をひねった。夫のことを毛嫌いしているのだが、その理由がはっきりと掴めないのである。
夫は一流大学出のエリートサラリーマン。酒乱でもなければ、浮気をしているわけでもない。
ギャンブルをするわけでも暴力を振るうわけでもない。むしろ優しげな印象のハンサムボーイである。
夫自身、なぜそこまで自分がきらわれるのか、まるでわからないという。
ミカが8歳年上のコウヘイ(仮名)と出会ったのは職場である。コウヘイは将来を嘱望された前途洋々の青年であった。
そのような彼と結婚できたことによりミカに誇らしい思いもあったが、彼女が惹かれたのは何より優しそうな彼の
性格だった。
コウヘイは一人息子だったが、実家が地方にあったため、夫婦だけのアパート生活が始まった。
周囲から見ると何不自由のない生活のように思われたが、ミカはやがて夫の母との関係に疲れるようになった。
「お義母さんがしょっちゅう電話をかけてくるのです」
そのような義母に気を使いすぎて軽い円形脱毛症になってしまったというのである。
やがて彼女の「義母像」は変化していく。「最初はとても親切で面倒見の良い方だなと思っていた」のだが、
「息子にべったりのお義母さんだなあと思うようになって」、「面倒見が良いと思っていたことも、見方を変えると
とても気位が高くて自分勝手な人だなと思うようになってきて」というのである。
やがて彼女は妊娠し、無事長女を出産したが、この出産がまた彼女を苦しめるきっかけを作った。
出産後、義母は毎日のように電話をかけるようになってきたのである。
ミカはそれが嫌でたまらなかった。特に夫が甘ったれた口調で母としゃべっている姿を見ると、無性に苛立った。
そのような中、一つの事件が起きた。
ある日、夫の父母がコウヘイ宅に訪ねてくることになった。かわいい孫の顔を見るに来るためである。
ところが夫婦の思いには大きなズレがあった。妻は夫に相談なく、義父母のためのホテルをとったのである。
やがてそのことを知った夫は激怒した。
ミカはとにかく嫌だった。「だって、ここは狭いアパートじゃない。お義父さんやお義母さんに泊まっていただくだけの
スペースだってないじゃないの」、
「何を言っているのだい。僕たちは家族じゃないか。泊める部屋がなければ、みんなで一緒に寝ればいいじゃないか。
ホテルに泊めるなんて水臭いよ。雑魚寝でもいいから、ここに泊まってもらいたい」
ミカは雑魚寝だけは絶対に嫌だった。夫婦の口論は続き、やがてこの「雑魚寝事件」を契機に、妻は子どもを連れて
夫の元を離れた。別居したのである。
しかし…、と担当のカウンセラーは考えた。
支配的で過干渉な義母が嫌いだということはわかるのだが、それにしても円形脱毛症になったことや、電話がかかってくると
鳥肌が立つなどということは、どういうことなのか?なぜ、ここまで彼女は夫の花を嫌うのか?
なぜ、夫と別居をしなくてはならないのか?
やがてカウンセリングの面接を重ねていくうち、彼女の生い立ちが語られるようになった。そして、今まで見えなかったものが
見えてきたのである。
ミカは裕福な農家の長女として生まれた。父母は彼女に厳格だったが、とりわけ母親は厳しかった。
「母は私を無理やり型にはめ込もうとする人でした。私はずっと母のいいなりのまま、大きくなりました。
反抗できなかったのです」
そのような彼女だったが、高校進学の時、進路をめぐって「生まれて初めて反抗した」と言う。
「母はどうしても進学校のA高校に行けと言いました。
しかし、私はそれを拒否して全寮制のB高校へ進学したいと主張しました。私は生まれて初めて母に反抗しました。
それは早く親から離れて自立したかったからです」
こうして彼女は母親に反抗し、結局B高校へ進学した。
高校では親だけでなく、教師にも反抗し、寮の規則を破って謹慎処分まで受けた。
それまでの彼女からは信じられないような生活ぶりに、母親は彼女の前で何度も涙を見せたと言う。
彼女の生まれて初めての反抗は、彼女にとっては血みどろの対決の様相をとり、
「無性に良い子の仮面を脱ぎ捨てたかったのだ」と語った。
彼女は「母から支配される無力な自分が非常に嫌だった」、「良い子を強制され、傷ついてきた」とも語った。
彼女からすれば、母親から自由になるには、それこそ血みどろの反抗をする必要があったのである。
しかし、結婚して目の当たりにしたものは何だったのか。
「夫は良い子を強制され、母親に完全に支配されている」という現実である。
それは一番見たくない自分自身の姿ではなかったか。
「血みどろで抵抗して勝ち取ったはずの自立なのに…、ところが、また元の自分に戻ってしまう」、
「本当の自分がなくなってしまう」。
結婚生活で毎日みる夫の姿は、一番見たくない自分自身の姿と重なり合い、
妻はこのような状況が耐え難いものになっていたと考えられる。
このようなケースは思いの外多く、他人へ向ける憎しみや嫌悪感の背景には、母親や両親への複雑な感情が
絡み合っていることがある。
母親は、子どもにとって人生で初めて出会う人物である。
つまり、母親は子どもが最初に愛を向ける人物であると同時に、最初に憎しみを向ける人物でもある。
一見、あどけない表情の乳児であっても、その心の中では複雑な愛憎が繰り返されている。